先日シャラポワが引退を表明しました。
シャラポワといえば世界のTOPテニスプレーヤーであり、一時代を築いた選手でもあります。また、その美貌からテニスファン以外からも注目を集め世界のTOPスターのような選手です。
突然のニュースに世界中がどよめきましたが、ここ最近の成績を見るとやむを得ない決断のようにも思われます。
今回は、そんなシャラポワの引退を記念して、彼女の現役時代の活躍を振り返ってみましょう。
画像提供:http://mariasharapova.blog.jp/?p=41
シャラポワが引退を表明
2020年の2月26日にシャラポワが引退を発表しました。
「テニスに、私は「さようなら」と告げます」とアメリカの雑誌に掲載され、自身で引退を表明しました。
経歴・戦績一覧
彼女の主な経歴と戦績の一覧を紹介します。
選手情報
名前 | マリア・シャラポワ |
国籍 | ロシア (出身:ロシア、育ち:アメリカ) |
獲得タイトル | シングルス36勝、ダブルス3勝 |
GS戦績 | シングルス優勝5回(全豪1回、全仏2回、ウィンブルドン1回、全米1回)
生涯グランドスラム達成 |
獲得賞金 | 約$3870万 |
最高ランキング | シングルス:1位、ダブルス41位 |
プレースタイル | グランドストローカー |
また、シャラポワはその美貌からコート外での活躍も目立った。モデルとしての活動にも注力し、2005年には最も美しいセレブ50人にスポーツ選手として唯一選ばれた。
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キャリア
① 2004年 17歳の若さでウィンブルドン初優勝
2004年のウィンブルドン準々決勝で杉山愛に競り勝つと、準決勝では元1位のダベンポートとの対戦。ここで、セットダウンの1ブレークダウンと絶体絶命のピンチを迎えるが、ロンドンの気まぐれな悪天候で一時試合が中断すると流れが急変。逆転勝利で奇跡的に決勝進出を果たすと、決勝ではセレナ・ウィリアムズを圧倒し、17歳2ヶ月の若さでGS初優勝を達成。
② 2005年 初の世界ランキング1位
2004年ツアー最終戦で初優勝に輝くと、2005年2月の東レでは日本に来日して優勝。GSでも安定した成績を残す活躍を見せると、8月には初の世界ランキング1位に輝く。これはロシアの女子選手として初の快挙。
③ 2006年 全米オープンで初優勝 GS2勝目
GSでは安定した戦績を残すものの、ウィンブルドン以来なかなか準決勝の壁を越えられずに苦戦を強いられる日々が続く。しかし、全米で2度目の決勝進出を果たすと、決勝ではエナンを破ってGS2勝目を達成。
④ 2008年 全豪初優勝 再び世界ランキング1位に
2007年は肩の怪我に苦しめられ好成績を収められなかったが、2008年全豪では完全回復を見せ全試合ストレート勝ちでGS3勝目を達成。
5月に再び世界ランキング1位に返り咲いたが、その後は怪我に苦しみ北京オリンピックを欠場。
⑤ 2012年 全仏優勝で生涯グランドスラムを達成
2009年〜2010年は怪我が長引き苦しい選手生活が続く。2011年の全仏でベスト4、ウィンブルドンで準優勝を飾り、2012年全豪でも準優勝。復調の兆しを見せると、苦手とする全仏で粘り強いプレーを見せGS4勝目を達成。同時に生涯グランドスラムを達成。GS4勝が全て異なる大会という非常に珍しい記録達成となった。
⑥ 2014年 全仏2度目の優勝
世界ランキング1位に返り咲くと、ロンドン五輪ではシングルスで銀メダルを獲得。その後もTOPを維持し続け、2014年には全仏で3年連続決勝進出を果たすとハレプを破ってGS5勝目を達成。
⑦ 2016年 ドーピング違反により15ヶ月の出場停止処分
2016年に事件は起こった。引退を匂わせる記者会見を開くが、そこで語られたのは誰もが予想だにしなかったドーピング検査で陽性反応が出てしまったという衝撃的な内容であった。結果的に15ヶ月の出場停止処分を受け、リオ五輪を含む前大会を欠場。
⑧ 2020年 引退
2017年に処分が解除され大会復帰を果たすが、以前のような力強いストロークは影を潜め、GSでも早期敗退が続いた。ランキングは30位まで戻すものの、TOP返り咲きはならず。2019年は再び肩の怪我に悩まされると、2020年の全豪1回戦敗退を最後に現役を引退。
記憶に残るベストマッチ
ここでは、シャラポワの数多くの激闘の中でも記憶に残るベストマッチを3つ紹介します。(個人的見解を含みます)
画像提供:i.telegraph.co.uk
2004年 ウィンブルドン決勝 対 セレナ・ウィリアムズ
シャラポワを語る上で、この試合は外せないでしょう。17歳2ヶ月の若さでウィンブルドン優勝という輝かしいデビューとなりましたが、のちにロシアからアメリカへ父と二人で移住するなど幼少の頃はかなり苦労した経歴がわかりシンデレラストーリーとして語られるようになりました。
彼女の名前が世界に知れ渡るとともに、その美貌からテニスファン以外にも注目されるようになった一戦でしょう。
2012年 全仏オープン決勝 対 エラーニ
生涯グランドスラムを達成した記念すべき1戦として選出しました。
シャラポワの攻撃的なストロークはクレーとの相性はあまり良くなく、ハードでの戦績に比べるとクレーではあまり目立った活躍ができていませんでした。
しかし、2012年は前哨戦となるローマの大会で初優勝を飾り、良い流れで全仏に望むと、準決勝の壁を初めて突破。決勝ではエラーニを圧倒して全仏初優勝となりました。同時に女子選手としては史上10人目となる生涯グランドスラムを達成。シャラポワが歴代のTOPプレーヤーとも肩を並べる選手になった瞬間です。
2017年 全米オープン1回戦 対 ハレプ
ドーピングによる出場停止処分後に復帰をアピールした大きな試合として選出しました。
2016年時点で29歳だったシャラポワに1年以上のブランクが課されることは、事実上の引退ではないかとの意見も多くありました。
しかし、そこで諦めることなくトレーニングを続けたシャラポワは2017年に処分解除されると同時にツアーへ復帰。プロテクトランキングも使用できないため、ノーシードからの挑戦が続きました。
迎えた全米では初戦から第2シードのハレプとの対戦となり厳しいドローを強いられますが、この試合を勝利したことで完全復活を世界中にアピールした貴重な1戦になったと思います。
まとめ
今回は、シャラポワの戦績をまとめました。
一時代を築いた選手がいなくなってしまうことは寂しいですが、これもしょうがないことでしょう。お疲れ様でしたと伝えたいですね。
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