今回は、男子プロテニスツアーの直近15年間の歴史を紹介します。私は15年間テニスを見続けてきましたが、その間に色々な時代が築き上げられ、変化していきました。そんな歴史と動向を改めて振り返ってみましょう。
年間ランキングの推移
ここ15年間の年間最終ランキングは以下のようになりました。
西暦 | 1位 | 2位 | 3位 | 4位 | 5位 |
2004年 | フェデラー | ロディック | ヒューイット | サフィン | モヤ |
2005年 | フェデラー | ナダル | ロディック | ヒューイット | ダビデンコ |
2006年 | フェデラー | ナダル | ダビデンコ | ブレーク | リュビチッチ |
2007年 | フェデラー | ナダル | ジョコビッチ | ダビデンコ | フェレール |
2008年 | ナダル | フェデラー | ジョコビッチ | マレー | ダビデンコ |
2009年 | フェデラー | ナダル | ジョコビッチ | マレー | デルポトロ |
2010年 | ナダル | フェデラー | ジョコビッチ | マレー | ソダーリング |
2011年 | ジョコビッチ | ナダル | フェデラー | マレー | フェレール |
2012年 | ジョコビッチ | フェデラー | マレー | ナダル | フェレール |
2013年 | ナダル | ジョコビッチ | フェレール | マレー | デルポトロ |
2014年 | ジョコビッチ | フェデラー | ナダル | ワウリンカ | 錦織 |
2015年 | ジョコビッチ | マレー | フェデラー | ワウリンカ | ナダル |
2016年 | マレー | ジョコビッチ | ラオニッチ | ワウリンカ | 錦織 |
2017年 | ナダル | フェデラー | ディミドロフ | ズべレフ | ティーム |
2018年 | ジョコビッチ | ナダル | フェデラー | ズべレフ | デルポトロ |
ランキングを見てもわかるように、2004年にフェデラーが年間1位に輝いて以降、BIG4が常に上位を独占し続けていることがわかります。特に1,2位には15年間でBIG4以外誰も踏み込めておらず、聖域のような状態になっていることがわかります。
このことからもわかるようにこの15年間はBIG4を中心に戦いが繰り広げられてきた時代だと言えるでしょう。その詳細の流れを次の項より順次紹介します。
2004年-2007年 フェデラー1強の黄金時代
2004年の全豪でフェデラーが初優勝を飾り、2月に世界ランキング1位に初めて君臨して以降、この期間はフェデラーの全盛期であり、無敵の時代でした。2004、2006、2007年は全豪、ウィンブルドン、全米のグランドスラム3大会で優勝し、4年間の四大大会で述べ16大会中11大会で優勝するという圧倒的な戦績を誇り、世界ランキング1位連続在籍237週という記録もこの期間に達成しています。
唯一クレーコートでの開催となる全仏オープンではナダルが台頭したため、2005~2008年まで毎年フェデラーはナダルに敗れるという結果でしたが、ナダル相手以外ではクレーコート上でも圧倒的な強さを発揮し続けた無敵の時代だったと言えるでしょう。
この頃のフェデラーは超攻撃型のプレースタイルで、サーブやフォアの一撃のみでもエースを取れる攻撃力を誇りながらも、オールラウンドプレーヤーとして多彩な技も兼ね備えており、対戦相手のほとんどがどうしようもないという状態に追い込まれる展開が印象的でした。特に攻撃型のプレースタイルが生かされる芝のコートでの強さは歴代でも最強と言われ、「芝の王者」の称号がつけられたのもこの頃でした。
ナダルもクレーコートでの戦績は光りましたが、それ以外のサーフェスでは早期敗退も珍しくなく、ランキングこそ2位をキープし続けたもののフェデラーにはまだ遠く及ばない存在でした。
2008年-2010年 フェデラー・ナダルの2強時代 BIG4の形成
2008年
4年間続いたフェデラー1強時代もようやく終焉を迎えます。2008年の年初に開催された全豪オープンではジョコビッチがフェデラーを破って初優勝を飾り、フェデラー・ナダルに続く第3の男として名乗りをあげます。
その後の全仏オープンでは例年同様フェデラー対ナダルの決勝戦となりますが、ここでのスコアはナダルから見て6-1,6-3,6-0と過去にない完敗を喫したフェデラーは続く6連覇のかかった得意のウィンブルドンでも決勝戦で死闘の末にナダルに敗北し、2008年8月に4年ぶりに世界ランキング1位から陥落することとなります。全米こそ優勝し5連覇を達成したものの、年間ランキング1位もナダルに明け渡す結果となりました。
また、2008年よりマレーの活躍も目立ち始めます。全米ではナダルに勝利して決勝まで進出し、ランキングも4位にまで浮上。ベスト4をBIG4が初めて独占し、この頃からBIG4の原型が形成され始めます。
2009年
2009年の全豪ではナダル対フェデラーの決勝カードとなりますが、再びフルセットの死闘の末ナダルが優勝します。これで、ナダルは芝のウィンブルドンに続き、ハードの全豪でも優勝したことからすべてのサーフェスに対応できる実力を身に着けたことからフェデラーに代わって黄金自体を築くのではと期待されました。
しかし、周囲の予想に反して、その後の全仏では4回戦でソダーリングにまさかの敗戦を喫し、5連覇の夢が途絶えます。全仏出場5年目にして初の黒星となりました。ナダル敗退により一気に優勝のチャンスが大きくなったフェデラーは決勝でナダルを破ったソダーリングに対してクレーコート上で完璧なプレーを展開。悲願の初優勝を飾るとともに、「生涯グランドスラム」を達成します。
その後のウィンブルドンではナダルはケガによる欠場となり、フェデラーが決勝でロディックとの死闘を制し「芝の王者」として復活すると、7月には世界ランキング1位に返り咲きます。
2010年
2010年の全豪も優勝したフェデラーですが、その後の全仏・ウィンブルドンで準々決勝で敗退し以前のような絶対的な強さが失われる様子が見られました。代わりにケガから復帰したナダルが台頭し、全仏での復活優勝後、ウィンブルドンでも2度目の優勝、そして全米でも初優勝を飾り、ナダルも「生涯グランドスラム」を達成します。世界ランキングも再びナダルが1位に君臨しました。
2011年 ジョコビッチ覚醒
2011年は第3の男として3年間3位から上に上がれなかかったジョコビッチがついに覚醒します。年末に呼吸器系の障害を抱えていることが発覚し、グルテンフリーの食事療法を取り入れたジョコビッチはリミッターが解除されたかのように2011年の開幕戦から圧倒的な強さを発揮します。
年初の全豪では2度目の優勝を飾るとその後も連勝を続け、全仏が始まる6月までにマスターズを含む出場した大会全てで優勝を飾るという異常な結果を残します。これは史上初の出来事。全仏では準決勝でフェデラーに敗北し、連勝記録は43でストップしますが、続くウィンブルドンでは決勝でナダルを倒して初優勝を飾るとともに、ついに世界ランキング1位に君臨。全米でも初優勝を飾り、グランドスラム年間3勝とフェデラー・ナダルの2強時代を終わらせ、新たな王者となります。
また、2011年は四大大会の決勝カードをすべてBIG4が独占し、BIG4とそれ以外の選手との差が大きく開いた印象の年となりました。
2012年-2013年 BIG4拮抗
2012年
2012年は全豪をジョコビッチ、全仏をナダル、ウィンブルドンをフェデラー、全米をマレーが優勝するというBIG4がそれぞれの得意サーフェスでタイトルを取る結果となり、BIG4が拮抗する年となりました。また、ロンドンオリンピックではウィンブルドンと同じ芝のコートで開催される中、地元のマレーが金メダルを獲得しBIG3と遜色ない実力を見せたことも大きな変化でした。
特に、2012年の全豪ではベスト4にBIG4が進出すると、準決勝・決勝は素人が見ても明らかすぎるくらいに異次元の戦いが繰り広げられた様子は、BIG4の圧倒的強さを象徴する大会だったと思います。まさに神々だけが踏み込める領域と表現できるでしょう。
2013年
2013年にはフェデラーが若干調子を落とすものの、ジョコビッチ・ナダル・マレーがグランドスラムを優勝。また、マスターズ9大会もすべてBIG4がタイトルを獲得しました。特にウィンブルドンでは地元マレーがイギリス人として77年ぶりの優勝を飾り、大いに盛り上がった大会となりました。
2014年-2016年前半 ジョコビッチが頭一つ抜け出す
2014年
2014年の全豪ではワウリンカがジョコビッチ・ナダルに勝利し久々にBIG4以外の優勝者が誕生します。全米ではチリッチと錦織が決勝に進出し、BIG4のいない決勝が実に2005年の全豪以来9年ぶり・39大会ぶりに実現しました。BIG4の壁が新時代の若手によって崩される予感を示す年となりました。
2015年
2015年は再びBIG4が世界ランキング4位までを独占。ワウリンカが全仏で優勝を果たし、BIG4に食い込む存在となるかと思われましたが、その後は不安定な試合が続き上位には食い込めませんでした。後半戦からはジョコビッチがBIG4の中でも頭一つ抜け出し、ウィンブルドン・全米を優勝。2016年には全豪で優勝すると、全仏ではマレーとの決勝戦を制して自身初のタイトル獲得とともにジョコビッチも「生涯グランドスラム」を達成しました。現役選手に3人生涯グランドスラム達成者が存在するのは史上初のことです。
また、グランドスラム28連勝もロッドレーバー以来の快挙達成。一時的にジョコビッチがすべてのグランドスラムタイトルを持つ状態となりました。
2016年後半 マレーが初の1位に君臨
BIG4の時代からジョコビッチ1強の時代へと移るのかと思われましたが、後半戦に入り急に失速。ウィンブルドンで早期敗退を喫しグランドスラム連勝記録がストップします。代わりにシーズン前半から好調を維持してきたマレーがウィンブルドンで再び優勝を飾ると、オリンピックで史上初の連覇を達成します。出場した大会ほぼ全てで決勝まで勝ち進み、シーズン終盤の上海・パリのマスターズを両方優勝して一気にジョコビッチとの差を詰めました。
一方、フェデラーはウィンブルドンでの膝のケガが悪化し、シーズン後半をすべて欠場するという判断をしました。ナダルもケガの影響から不調が続き、ウィンブルドンも欠場。ランキングを大きく落とします。年齢的にもフェデラー・ナダルはもう限界であると囁かれ始めます。
2016年の最終戦決勝はジョコビッチ対マレーの対戦カードとなります。この試合で勝利したほうが年間1位になるという史上初の展開となりますが、結果はマレーがジョコビッチに勝利し2016年の年間1位になるとともに、自身初の世界ランキング1位に付きました。第4の男と呼ばれ、BIG3とも1線を引かれがちだったマレーですが、ついにBIG4全員が1位に在籍することとなります。
2017年 フェデラー・ナダルの復活
ジョコビッチ・マレーの2強時代が始まるかと思われましたが、年初の全豪では2人共早期敗退を喫します。一方、ケガから復帰したフェデラーは第17シードでの参戦となり序盤から厳しいドローとなりますが、予想とは裏腹に上位シード勢をことごとく倒していきました。第10シードのベルディヒ、第5シードの錦織、第4シードのワウリンカを倒して久々の全豪決勝進出を果たします。
ナダルもこの全豪から復帰すると準決勝でディミドロフとの激戦を制して決勝に進出。実に2011年以来の二人による決勝となります。決勝はフェデラーがフルセットの末に勝利し、完全復活をアピールします。ナダルも得意の全仏で3年ぶりの優勝を果たし復活を印象付けると、ウィンブルドンはフェデラー、全米はナダルが優勝し、2強が再び世界のTOPに君臨します。
ジョコビッチ・マレーはシーズン後半からケガの影響で長期休養を選択し、戦線から離脱。BIG4内での勢力図が大きく変化した1年となりました。
2018年-現在 ジョコビッチ復活 BIG3へ
2018年
2018年の前半もフェデラー・ナダルを中心にツアーが進み、世界ランキング1位が頻繁に入れ替わる展開となります。しかし、ウィンブルドンで復活優勝を果たしたジョコビッチは8月のW&Sオープンで初優勝を飾り、史上初のゴールデンマスターズを達成。全米も制し、11月に世界ランキング1位に返り咲きます。
一方のマレーはケガの回復に時間を要しており、2018年はほとんどの大会を欠場。2019年に今シーズン限りの引退を発表しました。
2019年
2019年もジョコビッチとナダルがグランドスラムタイトルを2個ずつ獲得しBIG3の強さは健在ですが、若手勢のグランドスラムでBIG3に勝つ回数が少しずつ増加しだします(チチパス・ティーム・デイミドロフ・メドベージェフなど。)この時代は果たしてどのタイミングで変わるのかが今後の見どころでしょう。
まとめ
振り返ってみるとこの15年はBIG4中心に展開されたテニス界でした。彼らの牙城を崩そうと錦織含む若手が何度もチャレンジしましたが、現在に至るまで壁を破るまでには至っていません。BIG4の時代がいつ変化するのか、誰が崩すのか今後注目です。